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バルプロ酸の解説
1. 血中モニタリングの意義
血液中の定状状態での薬物濃度を、至適血中濃度(50~100㎍/ml)*になるように投与量・投与方法を変更し最適な投与計画をはかる。
*文献により値が多少異なる場合があります。あるいは40~100㎍/mlという文献もあるが、これ以下の濃度で有効な臨床例もかなり多い (4.【 血中濃度と薬効 】参照)
主な目的 ● 副作用の予防(過重投与など) ● 治療効果の確認(処方変更時、又は多剤併用時) ● ノンコンフライアンスの発見
2. 中毒発現濃度と症状
100㎍/ml以上 肝毒性
120㎍/ml以上 血液凝固障害
130㎍/ml以上 傾眠、振戦、鎮静、攻撃性
180㎍/ml以上 高アンモニア血症、過血糖
( 薬剤師・薬学生のための実践TDMマニュアル 編集:伊賀立二、乾 賢一 株式会社じほう より引用 )
(薬物血中濃度モニタリングのためのpopulation pharmacokinetics入門:堀了平 薬事新報社 より引用 )
3. 投与量の調節
血中濃度 | 投与量の調節 |
50㎍/ml以下 | 約10mg/Kgまで増量可能。 てんかん発作が出現する場合増量(長期発作抑制なら調節必要なし) |
50~100㎍/ml | 調節必要なし。てんかんが出現する場合増量 |
100~150㎍/ml | 5mg/Kg減量可能。 副作用発現なら減量(副作用なく発作抑制され、減量により発作発現なら調節必要なし) |
150 ㎍/ml以上 | 5mg/Kg以上減量。 副作用の有無に関らず減量。 |
( 薬剤師・薬学生のための実践TDMマニュアル 編集:伊賀立二、乾 賢一 株式会社じほう より引用)
4. バルプロ酸の血中濃度と薬効
抗てんかん薬の治療濃度範囲の値はそれぞれの抗てんかん薬を単独で服用した時、70~80%の患者で発作が抑制されるときの濃度範囲であり、すべての患者で発作が完全に抑制されるわけではない。
すなわち、難治性の患者では、より高濃度にする必要があったり他の抗てんかん薬の併用を必要としたりする場合もある。
また、長期にわたって、てんかん発作が抑制されている場合は、治療濃度範囲の下限以下の濃度であっても効果が得られていることが多い。
抗てんかん薬は、連用中に急に投与を中止すると離脱症状が現れ大発作を引き起こすことがあるので徐々に減量する必要がある。
( 薬剤師・薬学生のための実践TDMマニュアル 編集:伊賀立二、乾 賢一 株式会社じほう より引用)
5. バルプロ酸の薬物解析
Easy TDMは有効血中濃度である50~100μg/mLに黄色を塗っていますが、グラフスケール ボタンでユーザーが自由に幅を変える事が出来ます。
(有効血中濃度に関しては各種報告があるが、その下限は50μg/mLを示唆する報告もあり、上限は150μg/mLとする報告もある。必要に応じTDMを行い、用量調整することが望ましい。海外文献報告値40~120㎍/ml)
6. トラフ(グラフの谷値とも呼ばれる。投与直前値が最も低い谷値になる)時間で採血することが望ましい(いつ採血するか?)
採血時間は、TDM解析で注意する必要が在ります。バルプロ酸はトラフ値(投与直前値)を採血される事をお勧めします。
原則的にはなるべく、定常状態(半減期の3~4倍以上の時間)になってからの服用直前で採血してください。
その理由は、
1日の血中濃度の幅があるためピーク値に達する時間を予測することが困難なため。
また、どの薬剤(内服薬の場合)でも、吸収における個人差は大きいので、吸収に影響のないトラフ濃度を測ることが多いため。
血漿タンパクによる血中濃度上昇評価が難しいため。
しかし、 施設の測定環境や受付時間、患者様の状態によって測定可能な時間帯などさまざまな環境があると思います。
したがって、投与直前に採血できない場合もありますが、出来るだけ服用前に近い時点で採血してください
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(重要)そんな場合でも、採血時間(何時何分に採血した)だけは、必ず記録しておいてください。(重要)
また、採血後は速やかに測定を行ってください。測定まで時間がかかる場合には冷所に保管し、当日測定できない場合には凍結保存とします。ほとんどの薬物は血清あるいは血漿濃度を用いて測定しますが、シクロスポリンは赤血球への薬物分布が多いため全血を用います。
診療報酬との兼ね合いで月一度程度しか測定できないのが実情でしょうが、EasyTDMでは、採血点が多いほど患者個人の解析精度が高くなります。
( ウィンターの臨床薬物動態学の基礎;じほう 、月間薬事 Vol.45 No.9 2003.8 98(1672)、日本TDM学会ホームページ「採血の留意点」 より引用)
7. 投与スケジュールの入力
バルプロ酸の財形は内服薬のみで、錠剤・シロップと徐放剤に別けられます。入力方法はどの薬剤も全て同じで、投与期間と服用時間・投与量をEasyTDMに入力してください。
【普通錠と徐放性製剤(徐放錠・徐放顆粒)の注意】
健常成人8名にデパケン®R錠200(徐放錠:200mg錠)、及びデパケン®錠200(普通錠:200mg錠)をそれぞれ1回3錠(600mg)経口投与した場合の血清中バルプロ酸濃度の推移は下の図のとおりである。(測定法:ガスクロマトグラフィー) 普通錠と比較してデパケンR錠では血中濃度の安定した持続性が認められ、また、食事の影響を受けずに安定した吸収が得られるのが特徴。
デパケン®錠とデパケン®R錠の血中濃度推移
( デパケンR添付文書 2005年11月改訂〈第9版〉)
デパケンR錠のように徐放性製剤の場合、図のように薬物が消化管から吸収されて血中濃度に現れてくるまで、ラグタイムを生じることがほとんどである。デパケンR錠のラグタイム(吸収され始める時間)は1.25~2.65hの範囲でいくつかの報告がある。
EasyTDMでは、徐放性製剤であっても、実際に服用した時刻を投与スケジュールに入力してください。 ただし、ペイジアン法によるVPA血中濃度の予測に関して、ラグタイムの有無による予測精度の検証は行われていません。測定値誤差に含まれるとする見方もあり、この点に関しては個々の施設で検討をして頂きたい。
EasyTDMでは、ラグタイムを2時間としてデフォルト設計していますが自由に変更することが出来ます。
つまり、徐放性製剤では投与スケジュールに9時内服と入力した場合、システム的に11時から吸収を開始するようプログラミングされています。
(バルプロ酸のTDMを行うために 一般的注意とPEDA-VB使用時の留意点 より引用)
8. 薬物動態の特徴についての知識
【 バルプロ酸の吸収】
① バイオアベイラビリティー(生体内利用率: F) 90~100% バルプロ酸は生体内利用率が高い
(剤型の違いによらない)
バイオアベイラビリティーとは・・・活性成分(薬物または代謝産物)が体循環に入り、これによって作用部位に到達する。その量の合。
* 徐放剤はしばらくお腹に薬がいるので、下痢の時は徐放剤がすべて放出される前に排泄されるので吸収率が落ちます。
② 最高血中濃度到達時間 ( Tmax : hr )
デパケンシロップ | 食後投与 | 3 |
空腹時投与 | 0.5~2 | |
デパケン錠 | 食後投与 | 3.46±0.66 |
空腹時投与 | 0.92±0.57 | |
デパケンR錠 | 食後投与 | 8.95±1.08 |
空腹時投与 | 10.26±1.51 |
•バルプロ酸の内服液剤は同量の水で希釈したのち経直腸的に投与するとあきらかに良好な吸収を示す。
•食後に服用した場合、空腹時よりも吸収がゆるやかになる。 (TDMを行ない個人別解析が必要となる)
•デパケン非徐放製剤を空腹時に服用した場合、完全にかつ速やかに吸収される。したがってデパケン非徐放製剤の生物学的利用率(F)と塩係数(S)は1.0である。
•デパケンR錠では、食事による影響がやや少ない。
( 武田明夫,他:てんかん研究,6,2,196-203,1988 A.H.C.Chun,et al:J.Clin..Pharmacal.,20,30-36,1980 ウィンターの臨床薬物動態学の基礎;じほう より引用)
【 バルプロ酸分布容積(Vd) 】
① 0.1~0.5 L/Kg(平均0.2 L/Kg)と小さい。 (ほぼ細胞外液に相当) 参考) フェノバルビタール 0.6~1.0 L/Kg カルバマゼピン 0.8~1.9 L/Kg
② 血漿中蛋白結合率が90%以上と高い。 このことは血漿中蛋白濃度が低下している患者(低アルブミン血症や腎不全の末期など)においては分布容積を変化させる。 腎不全時では分布容積は上昇
(TDMを行ない個人別解析が必要となる要因) ( ウィンターの臨床薬物動態学の基礎;じほう)
【 バルプロ酸のクリアランス(CL) 】
① 小児 約 13ml/hr/Kg
成人 約 8ml/hr/Kg
代謝はほとんど肝臓で行われ、投与されたVPAの約60%が代謝物として尿中に排泄されます。主な代謝経路はβ酸化であり、一部にチトクロムP450の関与やグルクロン酸抱合による代謝も行われます。 VPA血中濃度がおよそ100㎍/mLを超えたあたりから投与量と血中濃度との関係が比例しなくなり、投与量を増量しても頭打ちになり血中濃度が上昇しない。その理由は、遊離型のVPAは速やかに組織へと移行するために分布容積は増大し、また肝臓に移行したvpAは速やかに代謝を受けることからクリアランスも増大するためと考えられています。このことは血漿中蛋白濃度が低下している患者(低アルブミン血症や腎不全の末期など)において投与量を増加してもVPA血中濃度が上昇しにくい原因の1つと考えられます。つまり、低アルブミン血漿では分布容積とクリアランスが増加するのでTDMを行ない個人別解析が必要となる。 他の酵素誘導を起こす抗てんかん薬との併用でもクリアランスが増加する。 ( ウィンターの臨床薬物動態学の基礎;じほう Q&Aで学ぶTDM活用ガイド;薬局別冊)
(高齢者では、全身クリアランスは成人と差はないが、遊離型のクリアランスは低下するとの報告がある。)
【 バルプロ酸の血漿中蛋白結合率 】
>90% (およそ100μg/mL以上の濃度では結合が飽和する。)
【 病態によるバルプロ酸の影響 】
① 低アルブミン血症では分布容積が大きくなる。多くの場合血漿中濃度は変わらないかやや低くなるが、遊離型VPA濃度が上昇するのでむやみに濃度を高くしない方が良い。(血中濃度を低めにコントロール)
② 遊離脂肪酸濃度の上昇により蛋白結合率は低下し遊離型VPA濃度は上昇する。 (血中濃度を低めにコントロール)
注意) 血中濃度測定検査では、遊離型+結合型 VPAを測定している施設が多い。 EasyTDMは遊離型+結合型で 論じています。
【 バルプロ酸の相互作用 】
バルプロ酸はカルバペネム系(禁忌)や他の酵素誘導を起こす抗てんかん薬などその他多くの薬剤と相互作用を表す。 (TDMを行ない個人別解析が必要となる要因)
9. Easy TDMとバルプロ酸
Easy TDMのベイズ推定式に用いる母集団パラメーターは、(日本病院薬剤師会学術)第3小委員会 1989*1を初期設定しています。(徐放剤のKa*2)
必要に応じ、自由にパラメーターを変更することも出来ます。
バルプロ酸を至適血中濃度(50~100㎍/ml)になるように投与量・投与方法を変更してみてください。
( *1 薬剤学 VOl.49,No.2(1989)148P *2 臨床薬理 VOl.29,No.3(1998)489P)
10.バルプロ散の留意すべき重篤な副作用 (参考)
重篤な副作用
致死的肝障害・・・投与初期6カ月以内に多いので、投与初期6カ月間は定期的に肝機能検査を行う。その後も連用中は,定期的に肝機能検査を行うことが望ましい。
高アンモニア血漿を伴う意識障害
血液障害(血小板減少、顆粒球減少 等)
膵炎
催奇形性
特異な副作用
脱毛
体重増加
( デパケン副作用情報については、山内俊雄(埼玉大教授)先生のデパケンReview 「バルプロ酸Naの副作用について(改訂版)」より引用)
11. バルプロ酸の使用上の注意(禁忌) (参考)
禁忌(次の患者には投与しないこと)
重篤な肝障害のある患者[肝障害が強くあらわれ致死的になるおそれがある。]投与初期6カ月以内に多いので、投与初期6カ月間は定期的に肝機能検査を行う。その後も連用中は,定期的に肝機能検査を行うことが望ましい。
本剤投等中はカルバペネム系抗生物質を併用しないこと。[ 併用により本剤の血中濃度が低下し、てんかんの発作が再発することがある。 ]
尿素サイクル異常症の患者[重篤な高アンモニア血症があらわれることがある。]
原則禁忌
妊娠又は妊娠している可能性のある婦人
( デパケン添付文書2009年2月改定 より引用)